風前落花

 卒論のために延々と和歌集を読む日々なのですが、楽しくて仕方ありません。本当に楽しい。ゼミで卒論の草案を発表した際に、面白そうな案なので好きなこと好きなようにやってください、と先生に言われたことが嬉しかったです。やるぞ!!
 ここ最近は、山家集の春の歌、「風前落花」という詞書の歌がお気に入りです。「山ざくら枝きる風のなごりなく花をさながらわがものにする」この風の身勝手さが、閖柯っぽいと感じる。(この歌は、後撰集「鶯に身をあひ換へば散るまでもわが物にして花は見てまし」をひいて、散るまで桜を自分の物として見たいとする歌の作者を批判しているのだと思います。)

 というわけで、最近やっていなかった好きな曲を紹介する日記を書こうと思います。4月のライブに当選したことが嬉し過ぎて、とにかく好きな曲の話がしたくて堪らないんだ!

 この前のライブで初披露されて歌詞に号泣してしまった曲、いとおしい日々です。私が参加したのはツアー初日だったので、世界初披露の曲まみれで気がおかしくなりそうだったのですが、中でもこの曲の“なんでもない今の繰り返しの日々を愛する”というようなコンセプトに号泣してしまいました。羊文学のいう何でもない日々って、いつも必死にもがいている繰り返しの日であって、単に平凡で代り映えしない日という意味ではないように感じます。

 「あれもこれも欲しい/手を出したのに空っぽのまま」「ねえ、頑張る偉い私、お元気ですか?」この部分を聴き、私は本当に苦しくてつらくて悔しくて頑張りたくて泣きました。ラスサビの「今日に何を残そうか/ほとばしる衝動や/眩しい奇跡がなくても/今日を許せるだろうか」で声をあげて泣き、結びの「何にもない今日が過ぎる/それだけでも明日を繋ぐ/一歩一歩紡ぐ日々が、私の日々よ/いとおしい日々よ」で、それでも前を向いて歩き続けるひたむきな愚直さを歌ってくれるのだなと、なんというか、もう、とにかく胸がいっぱい。何よりも、この曲のメロディがきらきらと明るいのが大好きです。

 羊文学で紹介したい(語りたい)歌をもう一曲。

 この曲はとにかく歌詞を全部読んでほしい。正気じゃいられなくなるから。以下に記載しておきます。

羊文学「春の嵐」歌詞(作詞:塩塚モエカ)

暖かな部屋の中逃げ込んだ
モニターの奥の世界は無限
あの人になれないままで私
去年と同じ春を迎えてる

存在の証明をどうやってしていいか
わかんないが苦しいよ
今、この胸は苦しいよ

かっこつけるのにも飽きて
いまさら本音もなくって
空っぽな頭に浮かんだ言葉を追いかける
わたしはきっと手放した
あんな欲しかった時間を
誰かが煌めいて生きてる

痛い、痛い、痛い、痛い、痛い
わたしは心が痛い
雨降り、傘のない夜に
帰ってもいい場所知りたい

腐ったって生活は続いてく
それを選んだ自分の
面倒は自分しか見れないのが寂しいよ

まあいっかなんて笑って
片付けたつもりでずっと
心の奥深く、息を潜めてまだ残ってる
わたしはそれを取り出して
涙でまた水をやって
ありがとうって抱きしめてやる
そこからもう一度生きてく

そんな日々 繰り返していくだけ
この話の再放送はまた、次の春?

 言葉が強すぎる。気が狂ってしまう。不意に聞くとぽろぽろ泣いてしまうのだけど、それでも創作を続けようと思えるようになります。
 インタビュー記事で、モエカさんとゆりかさんが、音楽に向き合う上で常に悔しさや負けん気のようなものが根底にあると語っていたのですが、自分の創作に向き合う姿勢と非常に似通っていると感じました。いや、そう思うのも烏滸がましく失礼なのだが……でも、私のひたすらなひたむきさ、愚かすぎる愚直さ、激しい悔しさを原動力とする根気強さは、何ものにも比べられないと思っている。常にヘラヘラしていて楽しそうで無気力で、難しいこと苦しいことは何一つ考えていないような究極の楽天家が、本来は生粋の努力家で負けず嫌いなのってアツいよな……というおバカな考えのもと、自分が形作られています。そうありたい。これは自分語り。

 私が小学生のころからずっと好きなsumikaです。この曲は中3の受験期に幼馴染と一緒によく聞いていました。自分がやりたいことのために、圧倒的に不利な状況から這い上がってやるぞという気概と溢れる体力だけで、幼馴染と必死に勉強していた日々そのもの。大学受験のころも、教職課程が本当に苦しくてたまらなかった時も、この曲のおかげで前に進み続けられたと思っています。まっすぐで素直な歌詞とメロディがめちゃくちゃ好きなんだ。「誰かの手じゃなく自分」の手で、「1000行分もノートに書き込んだ/“やりたい”の先で“なりたい”自分」になるからな!

 教職について自分語りをするときに度々書いているのですが、私は子どもたちの可能性・選択肢を広げる人になりたいです。クソつまらん大人の「あれはしない方が良い」「自分はこれをして失敗だった」「自分のようになるな」という言葉で、若い人が未来を消去法で選ぶことがあってはならないと強く思っています。この世は知られているよりも、もっとずっと面白くてきらめいていて眩しくて、苦しい中を歩き続ける、それすらいとおしいと思えるものなのに、それを諦めたつまんない大人(勿論、みんながみんなそうではないとは思う)の言うことがつまんないのは当然。「私の人生は本当に楽しい!」「今がたまらなく好き!」と言ってくれる人、そのような選択肢を、自分の思うままに選べる方が楽しく生きられると考えています。

 この曲は、まさにそのことを自分に教えてくれた曲で、中学の時に今後私は絶対に何一つ諦めずに生きる!と誓ったきっかけです。sumikaはセンス・オブ・ワンダーに限らず、“沢山の選択肢から一つを選んだ時、選ばなかった多くのものにも意味があり、選んだものの意味は、選ばなかったものの意味も含めて定まる。だから、より多くの可能性から選び取ることに意味がある”という価値観の曲が沢山あります。“選び取ることは、その他全てを捨てることとは違う”、という在り方が本当に大好きです。私はそれに強く影響されている……sumikaは、頑固で負けず嫌いでひたむきな自分を作ったバンドです。小学生のころsumikaに出会わなければ、私は今頃何をしていたのか想像もつきません。創作なんか絶対にしなかっただろうし、幼馴染とも仲良くなることがなかったかもしれない。

 来年4月に、幼馴染と一緒にsumikaのライブに行きます。この約束がとんでもなく嬉しく、これだけをモチベーションに創作も教職も卒論も労働もフルスロットルで頑張れます。全部やったるからな!絶対あきらめないからな!